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参考資料1

都市再開発の隘路と打開策

 現在の東京が抱えている都市としてのアキレス腱を解決し、魅力ある東京として再生するためにはどのようにすればよいのでしょうか。この章では、そうした街づくりを推進する事業手法である、面的な街づくりを推進する再開発事業と街を構成する点としての建築物の建て替え事業について、事業推進上の隘路を整理分析するとともに、そうしたハードルを乗り越えていく方策について提言します。
 まず、面的な街づくり事業である再開発事業について見てみます。

tokyo02.jpg (13808 バイト)
代表的な再開発事例(新子安駅前再開発)
(新子安駅西地区市街地再開発組合作成パンフレットより)

 上掲の写真は、平成9年に都市計画決定された横浜市新小安駅前の再開発です。開発面積4.6haと規模の大きい再開発ですが、都市計画決定から工事完了まで2.8年という短期間の完成を予定しています。開発用地が駅前という立地の良さと、大面積を所有しているのが少数の地権者であったことが、短期間の開発を可能としています。
 平成10年に都市計画決定された再開発事業の事例を見ると(下表参照)、開発規模の大きさよりも、開発地内の地権者のうち、借地権者、使用賃借の建物所有者、借家権者などの権利付着関連の権利者数の多さが事業の難しさを決定づけているといえます。

再開発事例所在地 北九州市 長崎市 神戸市 浜松市
開発面積 2.1ha 1ha 2.0ha 1.0ha
都市計画決定から工事完了まで 3.8年 4.2年 12.6年 2.9年
権利者のうち、地権者数 21人 2人 65人 12人
同上、借地権者などのその他数 14人 24人 143人 0人
再開発事業の規模、期間、地権者数


 街づくりの代表的な事業である再開発事業は、民間事業者の事業意欲と公共の施設整備の要請の接点に成立している事業といえます。民間事業者が当該再開発に多大な手間と時間と費用を費やしてまでも取り組むのは、再開発により創造される価値、保留床の資産価値であり、これが期待できなければ民間の再開発事業自体が成立しないといえます。一方、公共側は個人の立て替え事業では改善することができない、街そのものの機能向上を再開発事業に期待しています。それは延焼防止効果もなく、消防活動においても支障を来す6m未満の道路を広規格の道路に整備できることであり、さらに公共施設用地や公園用地をも確保できることです。
 しかし、昨今の経済情勢では、開発により生み出される保留床の価値が経時的に高まっていくことは期待できず、むしろ事業遂行上の不確定要素の方が大きく、ほとんど再開発が進んでいない状況です。そうした厳しい状況で、公共側の過大になりがちな要請を受けながら事業を遂行していくことは、ほとんど期待できません。以下に、そうした再開発事業の実務面の隘路を整理します。

 

<再開発事業の実務面の隘路>

 再開発事業推進上の課題を以下の4項目に分類し、再開発の抱える事業遂行上の隘路をまとめます。

事業者に関わる課題

 まず、再開発事業の中核をなす開発後の保留床を引き受ける再開発組合員がいないことが、事業推進上の最大の課題となっています。これは、保留床が売れることで再開発の付加価値を生み出す事業シナリオが成立しないことを意味します。
 なぜ、保留床引き受け手がいないのか、その原因の根幹には再開発事業者のリスク負担能力が低下していることが挙げられます。民間事業者が行う第1種再開発は全員同意により事業を推進していくため、円滑で迅速な運営には限界があり、基本的に事業のリスクは高いと考えられます。また、権利関係者が相続したり、会社破産などの権利関係の変更が発生した場合の対応にも時間と費用を要します。現在の経済情勢において、こうしたリスクをあえて取ってまで再開発を推進していく事業者は希少な存在となってきています。

公共側に起因する課題

 次の視点は再開発に許可を与え、協力する公共側に起因する課題です。

  1. 過大な公共施設整備の要求
     公共側としては長年の懸案である再開発に着手できたため、その地域の公共施設整備水準を向上させるために、時として補助対象外の基盤整備を要求することがあります。もちろん、再開発事業において二号施設と呼ばれる公共施設を整備するのは再開発事業の基本理念ではありますが、そうした要請が行政指導という形で出されることにより、過大な整備要求となるおそれがあります。また、法律で決まっている付置義務駐車場などは稼働状況があまり芳しくなく、かつ事業の採算性を引き下げる経済性の低い施設であり、法文の杓子定規な解釈がこうした問題を生みだしていると考えられます。
  2. 難しい行政施策の変更
     さらに、行政の施策は一旦決定されると変更がなかなか難しく、官庁組織のより柔軟な融通性が求められます。事業ニーズやマーケットの変化など再開発事業の環境変化に対応するのに時間がかかると、公共施設の改廃手続きにも手間取り、開発用地内の公共施設整備が遅れ、再開発事業そのものの工期が遅れかねず、事業のリスクが高まる要因になります。それだけに、連絡調整をより迅速化させる必要があります。
  3. かならずしも実情に合わない公共支援
     一方、公共による再開発事業の支援状況を見ると、ここでも公共制度の問題点が、事業推進を妨げる要因となっています。昨今、公共の財政危機により補助金支出が厳しいという以前に、補助金制度そのものが全面的に実情に合ったシステムとはいえなくなってきています。国と地方自治体の補助を同時に受ける場合のバランスの問題、手続きや単年度予算主義の不具合等々、これらの問題点が再開発事業を苦境に陥れているといえます。

事業期間が長いことによる課題

 再開発事業は多くの既存地権者の権利関係を整理し、全員の合意を形成しながら事業を推進していくために、事業期間が長期にわたるのは事業の性格上やむを得ないことです。そのため、景気変動に左右されやすく、事業リスクが増大しやすい事業であり、ハイリスク・ハイリターン事業の象徴といえましょう。
 過去の再開発事業においては、経済の右肩上がりが保証されており、開発した床は時間を経過すればするほど、価値が高まるという事業の常識が存在していました。しかし、右肩上がりの経済から現在の長期的な不況時期になってくると、こうした事業が持つ構造的な性格が事業成立をより一層難しくしています。その象徴である土地価格の下落は、再開発事業そのものの存立を危うくしているといっても過言ではありません。
 ここに紹介する事例は、大規模開発といえる西新宿のアイランドタワーの開発経過です。再開発の構想が初めて提示されたのが1975年4月でした。2年後の1977年7月に再開発準備組合が設立されました。この後、準備組合が事業を成立すべく活動を続け、5年後の1982年9月に住宅・都市整備公団による施行と決定しました。これ以降、公団が主体となり事業を推進し、1995年1月に工事が完了しました。なんと事業の構想から完成まで20年に及ぶ歳月を費やして完成しています。昭和61年以降の再開発事業100事例を見ても、都市計画決定から事業完了までの事業期間は平均5年9ヶ月と長期間にわたっております。
 また、事業期間が長いことは、土地の長期間にわたる先行買いが必要となることであり、その間利用しない施設の維持管理費を長期間、負担することも問題となっています。
 さらには事業期間が長期化することにより、施設用途が時代に適合しなくなり、開発そのものの魅力を損なうことにもつながります。

事業立地環境による課題

 最後の課題は、事業立地環境に関することです。元来、再開発に適した地区は順調に事業が進んできていますが、地権者が零細で組合に参加しにくい木造密集地域における再開発事業はほとんど進んでいないのが現状です。
 こうした木造密集地域は、居住環境が劣悪ということだけではなく、災害時にきわめて甚大な被害が発生する災害危険地域であり、東京の中心部に位置した地域は東京の健全な発展を阻害しているともいえます。阪神・淡路大震災の恐怖が風化しようとしている今、再開発の難しさから逃げることなく、早急にこうした地域の再開発に取り組む必要があります。
 こうした再開発の難しい地域は権利関係が輻輳した地域であるため、従来の民間事業者が主体となった第1種再開発事業では、とうてい事業が成立しません。そこに住む人々と一緒になった円滑で迅速な再開発ができる、新しい事業スキームを検討する時期にいたっているといえます。

 

<再開発事業の重要課題の抽出>

 再開発事業の実務面上の隘路を前項で挙げてきましたが、こうした難しさの前に何もなすべきことがないとあきらめていることはできません。21世紀に向けて、東京は時代の要請に応える新しい街づくりを進めていかなければなりません。特にいつ起こるか判らない災害に対する安全で安心できる街づくりは緊急課題であるといえます。
 今こそ、従来の民間の経済的な動機にのみ依存した街づくりから、より社会的な意義を追求する新しい街づくりへ転換していく時期と認識することが大切であると考えます。
 ここでは前項で検討した隘路から、今後の再開発事業のあり方を考える上で特に重要な課題を以下に整理します。

合意形成の円滑化

 現在の右肩下がりの経済状況で再開発を成立させるためには、従来のきわめて事業完成までが長期に亘り、経済的な負担を強いる事業方式から脱却する必要があると考えます。再開発が長期間に亘る主要因は地権者の合意形成に時間を要していることであり、特に所有権に付着した権利関係の整理に時間と費用を費やしているといえます。平成11年2月に出された経済戦略会議の提言の中に再開発事業の制度強化がありますが、その主旨は合意形成における全員同意制度を緩和し、合意形成を円滑にすることです。
 今後の再開発が事業者の経済的な利潤追求から、社会的意義の高い再開発に比重を移行していくことを考え併せると、従来の民法における弱者保護としての権利から、街づくりにおける民主的な合意形成へと転換すべきであると考えます。そのためには、そこに住む人々がより主体的に関わり、関係者全員の合一された意思(組合の意思)により事業に関わっていく方式を生み出していく必要があります。
 民間と公共の関わりも含めて、新しい合意形成システムを検討する必要があります。

公共性の高い再開発事業への支援

 都心部にある低層木造密集地域は、経済活性、環境、防災、高齢化などの新しい社会ニーズのいずれにも対応できない緊急都市再生必要地域であり、そうしたきわめて公共性の高い要請で再開発を行わなければならない地域です。こうした地域において、従来の経済原則だけで成立する民間主導の従来型第1種再開発事業では、経済的な事業遂行がきわめて難しい状況となります。
 そうした地域には新しい事業主体が必要であり、新しい再開発手法を導入する必要があります。また、容積率などの従来都市計画で定められていた規制についても、土地の高度有効利用という観点から、こうした地域における適合性も勘案して規制を見直す必要があります。

 

<再開発事業を推進するためには>

  1. 再開発事業の必要性がその地域の人々に理解され、浸透していく方策の提案
     日本人の感性だろうか、時間が経過し事件が風化するようになると阪神・淡路大震災を体験しながらも、われわれの所だけは関係ないという、ある意味で無責任な雰囲気が漂い始めます。現実には、行政の不断の努力が継続されていますが、木造密集地域の防災対策は遅々として進んでいないのが現状です。そこで、そのような地域に住む人々に危険性を常時認識していただき、早急な防災街づくりに協力していただける環境づくりの支援システムを提案します。
     このため、われわれ建設産業界は街づくり、建物づくりの経験を活用し、こうした災害危険地域の診断に積極的に取り組む用意があります。現在の耐火建築という指標だけでなく、耐震建築という指標や街そのものの防災性をも診断することができます。こうした民間主体の診断システムを構築し、様々なPR手法を駆使しながら再開発事業の機運を高めます。
  2. 再開発を誘導する環境整備
     再開発事業を支援し活性化する方策として、再開発周辺の社会基盤の質を向上し、地域の魅力を高める再開発誘導のための環境整備が必要であると考えます。再開発地域の利便性、快適性、安全性を高める社会基盤が整備されることは、当該開発事業の価値を高め、事業の推進を支援することができます。
     具体的には、再開発地にいたる交通インフラ整備であり、また廃棄物処理処分システムです。こうしたインフラ整備の一方策として、都市の立体利用、とりわけ大深度地下の利用による新たな空間の創出は、早急に研究・検討すべき事項です。
  3. 新しい事業手法の導入
     現在、住宅・都市整備公団などの公的事業主体が民間事業者を巻き込んで広範な再開発事業を進めています。住宅・都市整備公団は、豊富な経験と潤沢な資金を持っており、従来の第1種再開発では手が出ない地域においても、事業を遂行していくことができる組織です。こうした公的組織の助力を得ながら、民間企業が再開発を推進していく方式も考えられています。
     また、再開発事業においてほとんど採用されていない第2種再開発事業は、土地収用などの強力な事業推進システムを持っており、再開発の難しい地域において事業を推進するためには、前出の合意形成の円滑化システムと併せて活用できる方式であります。
     民間の創意工夫を活かしたPFI手法も新しい再開発手法として意義を持っていると考えます。この方式の場合、公的開発が持っていた有利な制度や条件をそのまま踏襲でき、かつ民間の効率的な開発が可能となる事業スキームを設定することが可能となります。

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