

中央建設業審議会への勧告を受けて、2025年12月に全面施行が予定されている「改正建設業法」。全面施行の最大ポイントは、この1年かけて有識者や利害関係者が議論し、勧告のもとになる『労務費に関する基準(標準労務費)』作成に伴う標準労務費導入です。目的は、適正な水準の労務費(賃金の原資)を確保することです。その標準労務費導入の『素案』が9月18日に開かれた中建審・標準労務費ワーキンググループ(WG)の第10回会合で大筋合意されました。公共・民間問わず全ての建設工事が対象です。
そのため改正建設業法が全面施行となる12月以降は、これまで民間企業の裁量にゆだねられていた技能労働者の労務費は今後、国が労務費の相場観に関与していくことになります。これは「請負契約の原則」に踏み込んだ、国交省が言うところの新たな〝修正総価請負契約〟のルールの始まりと言えます。言い換えると今後、「労務費」と「必要経費」については、受注者の裁量にも一定の制約がかかることになります。今回の取り組みは、発注者、受注者、専門工事業全てに影響を与えますが、中でも中小元請はどのような影響が予想されるのでしょうか。
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標準労務費素案で大筋合意を得た、9月18日の中建審労務費の基準に関するWG第10回会合 |
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『労務費の基準に関するワーキンググループ(第10回)資料』をもとに作成 |

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標準労務費素案では、▷標準労務費の基本的考え方、▷個別請負契約に当てはめる時の留意点、▷職種別基準値の定め方、▷実効性確保策などについて明記しました。このうち〝労務費の適正水準″については、「技能者を雇用する建設業者が適正な賃金を支払うための原資」と定義。具体的には、「1日8時間当たりの労務単価である公共工事設計労務単価に、当該工事に従事する見込みの者の作業日数の総和(総労働時間)を乗じた額が、労務費として必要」としました。
ただし、現実には請負契約の見積もり・契約段階では、総労働時間が確定していません。そのため、「適切な職種の公共工事設計労務単価(円/人日(8時間))×施工条件・作業内容等に照らして適正な歩掛(人日/単位施工量)」によって導かれる「単位施工量当たりの労務費」に、「必要な数量」を乗じる式によって計算された額に相当する労務費総額を適正な水準の労務費としました。
ここでポイントとなるキーワードは、①1日8時間、②歩掛の2つです。この2つのキーワードは中小元請にとってこれまでも課題でしたが今後も、課題解決の道筋が見えなければ、収益悪化拡大の可能性が高いからです。

中央建設業審議会が勧告する、「適正な水準の労務費(標準労務費、賃金の原資)」とは、標準労務費の相場観に国が関与するというこれまでにはない新たな取り組みです(図:現状と今後)。そしてこの新たな取り組みの実効性を確保するために、①契約(入口)段階、②労務費・賃金支払い(出口)段階、③公共工事での上乗せ取り組みといった3つの局面で様々な取り組みを設けているのが最大の特徴です(図:実効性確保へ3つの取り組み)。
適正な水準の労務費を作成することに国が関与し、その実効性確保のために入口・出口・公共工事の上乗せを進めることは、発注者のほか元請と下請の各企業にとって収益確保に一定の制約がかかることを意味します。
このまま標準労務費と実効性確保のための様々な取り組みだけが導入された場合、中小元請は、発注者と下請の板挟みのなかで、これまで以上に厳しい環境に直面する可能性があります。
ポイントとなるのは、「1日8時間」と「歩掛」という2つのキーワードです。このキーワードを、公共工事に導入する「労務費ダンピング調査」に当てはめて考えます。「労務費ダンピング調査」は、(入札)→(開札)→(低入札価格調査・特別重点調査)→(履行可能)→(労務費ダンピング調査)という流れのなかで行われます。つまり低入札価格調査後、これまでは履行可能だった案件も契約前に再調査する形となります。ただ、公共発注者は自治体を中心に発注体制が脆弱で、新たな調査が導入されることによって業務が煩雑になることは確実です。
調査開始の具体的な「不適正の判断水準」は、入札金額内訳書に記載する直接工事費が官積算の直接工事費に0.97を乗じた水準です。ここで現状の公共工事の落札状況を振り返ります。最新の低入基準範囲は、予定価格の75~92%。現状、競争原理が働いてこの範囲内のなかで落札することがほとんどです。このことは裏を返せば、予定価格に対し8~20%程度値引かないと受注ができないということです。しかし一方で標準労務費が導入されると、工事価格を構成する①直接工事費、②共通仮設費、③現場管理費、④一般管理費の4分類のなかで、落札率に関係なく労務費だけは官積算の100%計上することが求められます。その結果、値引き分は労務費以外で手当するということになります。
中小元請はこのほかにも厳しい局面が予想されます。一つは官積算で1日の労働時間8時間を前提にしていることです。生産性が大きく低下する夏季や、現場移動が労働時間にカウントされる現場への対応はまだ整っていません。さらに中小企業が受注する小ロット工事に、国交省が定める標準歩掛を対応させると原価割れとなるケースが現実にあることが公共発注者との意見交換で浮き彫りになっています。予定価格時点で原価割れが生じ、かつその予定価格から1割程度を削減し応札することは、収益をさらに悪化させかねません。

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出典:労務費の基準に関するワーキンググループ(第10回)資料 国土交通省 |
労務費に関する基準(標準労務費)の素案では、一定の職種分野で関係団体と国交省が議論を進めてきた「職種別意見交換会」において検討し算出される、労務費基準の具体値(基準値)を、最終的に国交省が決定・公表する方針であることが明らかになりました。また、職種別意見交換会とは別に、中央建設業審議会下部組織として「労務費の基準に関するワーキンググループ(標準労務費WG)」があります。素案では、この2つの組織の今後の役割分担と、具体的基準値の設定・検討・決定までの流れを明らかにしました。
(具体的な職種別)基準値の定め方は以下の通りです。
*計算式(基本は単位施工量当たりの労務費)
労務単価(円/人日(8時間)×歩掛(人日/単位施工量)
*労務単価
公共工事設計労務単価を適用。適用の都道府県別値は、工事施工場所の単価
*歩掛
便宜的に国交省直轄工事で使われている歩掛の活用が原則。ただし、直轄歩掛で適切なものがない場合は、別途、公的機関で使われている歩掛で活用可能なものがあれば、それも活用
*歩掛活用が困難
「適切な職種の公共工事設計労務単価×施工条件・作業内容等に照らして適正な歩掛」として定性的な形で基準値を設定することを妨げない
*戸建住宅
国交省が歩掛調査を実施