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東建月報2009年2月号掲載 |
▲東京都庁もオリンピック・パラリンピック招致色に |
新しい年を迎えると、多くの日本人は初詣に出かける。ふだんはお寺や神社に出かけることがなくても、初詣にだけは行くという人は多い。混んでいることがわかっていても、大きな寺社に人々はつどう。古くは、氏神様に大晦日(除夜詣)と元旦(元旦詣)に出向いたり、恵方の方角の寺社に行くようであったのが、鉄道の発達により昭和のころから有名な神社仏閣に行くようになったとされる。数ある神社のなかでも、東京では多くの人が明治神宮を目指す。ここは、日本一初詣者の多い神社だ。今年も三が日で319万人の初詣者が訪れたとニュースで報道されていた。統計を取り始めてからの30年間を通じて全国トップを記録している。 明治神宮造営
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![]() ▲御苑の花菖蒲(写真提供 明治神宮) |
江戸時代、現在明治神宮のある一帯は、甲州街道、大山街道に近い、江戸城防衛の役割も持つ武家屋敷地であった。江戸末期の古地図で、現在の明治神宮にあたる場所を見ると、大部分を彦根藩の井伊家の下屋敷が占めている。なかでも本殿の南にあたる御苑と呼ばれる庭園は、井伊家に与えられる以前は熊本藩加藤家の別邸であり、今も清正井と呼ばれる加藤清正が掘ったと言われる井戸が残っている。この地が御苑と呼ばれるのは、明治維新後、御料地となったこの土地に明治天皇が散歩の場を造るように命じたことによる。明治天皇は、ここに皇后の好きな花菖蒲を植えるように命じたため、今も6月の花菖蒲の季節には多くの見物客を集め、東京の花の名所としても広く知られている。
明治神宮が、この地に造られることが決まったのは、大正3年。創建以前の境内予定地はまったくの原野だったという。そこに、明治以降の日本に導入された西洋の近代造園術と、全国からの約10万本の献木によって、神宮の森が実現した。誰もが驚くのは、この森が人工のものであること。人間が植えたものであっても、気候風土に合ったもので、その森が長期間保全され、適切な手入れが行われていけば、自然の循環のなかで、東京都心のような立地にも、このような森を造ることが可能だった。それは、今東京港内の中央防波堤埋立地に「海の森」を造ろうとしている私たちにも心強いことだ。
東京オリンピック後、選手村であった場所は、都心の森林公園・代々木公園とされることがあらかじめ計画されていた。昭和41年から5年をかけて徐々に造成し、園内には全国から集められた樹木が植えられた。バードサンクチュアリ、ペデストリアンデッキなど、今はよく見られる公園内施設も、この代々木公園において先駆的に導入されたもの。明治神宮と連続する都心の森林地区は、今は得がたい憩いの場になっている。
![]() ▲聖徳記念絵画館(写真提供 神宮外苑) ![]() ▲秩父宮ラグビー場
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信濃町、千駄ヶ谷駅近くにまで広がる一帯。その中心には、聖徳記念絵画館が座している。絵画館を中央に望むシンメトリカルなイチョウの並木道は、東京でももっとも最初期にできた西洋的なプロムナードだ。
絵画館には明治天皇と昭憲皇太后の生涯を描いた絵が飾られていて、さながら歴史紙芝居のよう。建物東側には日本画、西側には洋画が展示されている。大正4年に造営の計画が開始されているが、建物が完成したのは大正15年10月。その時点で公開された絵画は、全80点のうち、日本画1点、洋画4点のみであり、全点が揃ったのは昭和11年であった。絵画制作の依頼を受けながらも、完成前に逝去してしまった画家も7名いたという。また、絵画とは別ものだが、建物中央部の奥には、明治天皇の愛馬、「金華山号」の剥製が展示されていて、そのずんぐりした小柄な体型には、明治という時代を感じてしまう。
絵画館は建物自体もひじょうに立派で外部も内部も一見の価値がある。外装に使われている石材は、岡山県の万成石と呼ばれる最高級の花崗岩である。
神宮外苑には、創建当時から、陸上競技場、野球場、相撲場など体育施設が設けられ、
昭和6年には水泳場(神宮プール)も開場している。大正、昭和時代、国民一般においてはスポーツはまだ普及していない状況で、野球やテニスなど器具を使うものや、西洋から入ってきた競技に親しむ人はまだ少なかった。そこで、この神宮外苑は、国民の体力の向上や心身鍛錬のための場としても位置づけられた。これは古来から天皇の前では、赤子たる青少年が、走り攻め守る姿を見せるという伝統があるためでもあった。
大正13年に竣工した明治神宮競技場(現・国立競技場)では、同年、現在の国民体育大会の前身にあたる明治神宮競技大会の第一回大会が開催されており、この時に競技場で行われた種目は、『バスケットボール、ヴァレーボール、ア式フットボール(サッカー)、ラ式フットボール(ラグビー)、ホッケー、陸上競技』。そのほか、野球、相撲、水上競技などが都内の別会場で行われている。
その後、戦前の神宮は大学野球の聖地となり、東京六大学野球は多くのファンを集めた。今も、神宮球場は六大学野球や高校野球の予選が行われる場として、都民に親しまれている。また、プロ野球チーム東京ヤクルトスワローズのフランチャイズの地ともなっていることも重要だ。ドーム球場の多くなった現状で、緑に囲まれた神宮の地にある昔ながらの野球場というところが、かえって味わい深い。
神宮の地は、サッカー、ラグビー競技においても、最高峰の試合が行われる場である。毎年1月、国立競技場では、サッカーの天皇杯決勝戦をはじめ、全国高校サッカーの決勝、全国大学ラグビーの決勝が行われ、日本中のの注目が集まる。また、秩父宮ラグビー場では、社会人14チームからなるリーグ戦「トップリーグ」の試合が開催されている。ラグビーの聖地と言えば大阪の花園ラグビー場が有名だが、東京では秩父宮ラグビー場がそれに当たる。
2016年のオリンピックの招致計画でも、国立競技場はサッカーの会場、代々木競技場はハンドボールとバスケットボールの会場として予定されていて、既存の施設を利用するコンパクトなプランに活かされている。
![]() ▲神宮外苑のイチョウ並木(写真提供 神宮外苑) |
参宮橋駅から、左側にオリンピック選手村の跡地の一部を利用してつくられた国立オリンピック記念青少年センターを見ながら、代々木公園の淵に沿って南下し、井の頭通りを通って原宿駅へ至る。これは明治神宮、代々木公園周辺を散歩するおすすめコース。
何も原宿駅前から南参道を歩いて本殿にお参りするだけが、明治神宮の参拝ルートではない。代々木駅から北参道を通って、小田急参宮橋駅から西参道経由というのも、神宮の森の新しい貌を見ることができるし、人通りが少ないため、思い切り森林のマイナスイオンを感じることができる。
宝物殿前の緑の広場も美しい。森林に囲まれた神宮の境内にも、このようなオアシスのような場が用意されていたのかと感激する。
境内の巨木を見て歩くというのも興味深い。クスやモチノキ、ムクなど、大木の茂る森林のなかでも抜きん出て巨大な樹を見つけると、この森の深淵さを改めて感じる。
一方の神宮外苑のハイライトは、やはりイチョウの並木道。ここは地下鉄銀座線の外苑前駅が最寄になるが、JRの信濃町駅からも近い。外苑に隣接している明治記念館の庭には夏はビヤガーデンが設けられ、おすすめの場所だ。木が二列植えてある二重並木は、並木道としても特に格が高いそうだが、ここは立派なイチョウが二重に並んでいる東京でも特級の並木道である。ここを通って外苑内を青山方面に歩いてもよいし、明治記念館から東宮御所脇の緑のトンネル状になった道を四谷駅方面に抜けてもよい。いずれも、緑が美しい都心の散歩道だ。
明治神宮、そして外苑を歩くと、この地域が、都市における究極のエコロジー空間であることがわかる。森林として整備されてから80年前後が経ち、朽ちる木もありながら、立派な巨樹になっている木もある。人間はその樹木の循環の手助けをするだけ。
都市緑化、献木運動ということが、80年以上前から、この都市で行われていて今日に根付いていることが感慨深い。