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ball.GIF (969 バイト)世田谷代官屋敷(大場家)(東建月報2月号掲載)

9902p01.jpg (54768 バイト) 世田谷区世田谷にある東京都指定史跡・国重要文化財「世田谷代官屋敷」は、江戸時代に彦根井伊家領世田谷(2300石余)の代官職を務め、明治維新に至るまで世襲した大場家が代官役所としても使用していたもの。
 大場家は大庭景親(おおばかげちか)の子孫と伝えられ、室町時代に世田谷吉良氏に仕えた。吉良氏は足利義氏の流れをくみ、西条吉良(のちの吉良上野介義央の系統)と東条吉良(大場家の主家)とに分かれている。
 大場家は、天正18(1590)年の主家滅亡後は帰農して郷士となったと伝えられているが、寛永10(1633)年に、この地が彦根藩領となった時、代官に任じられ、以後明治維新まで代々代官職を継ぎ、領内20カ村を支配した。今も、敷地内に16代めの子孫の方々が生活している。
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▲様々な木の生い茂る庭
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▲世田谷区立郷土資料館
(右の木がくすのき)

 茅葺きの表門脇の出入り口から世田谷代官屋敷を訪ねると、まず樹齢180年の大きな玉樟(たぶのき)が迎えてくれ、表門内脇には昭和55年度の「大樹・名木コンクール」に入賞した世田谷区の木・ケヤキが立つ。また屋敷内には「区立郷土資料館」も併設されているが、こちらの入口にも樹齢七十余年の大木・くすのきが聳え立っている。このように、敷地内には、手入れのゆきとどいた大小様々な種類の木々がある。これら以外の木々の名をざっとあげてみよう。赤松、チリメンカエデ、あんず、かき、かりん、モチノキ、もっこく、たかおもみ、なんてん、イロハカエデ、イヌマキ、ドウダンツツジ、ヒサカキ、かや、コブシ、サルスベリ、ゲッケイジュ、サンゴジュ、ヒイラギ、サザンカ、ヒサカキ、ヒュウガミズキ、スダジイ、ゆりのき、カシワ、アセビ、うめ、うめもどき、シモツケ、あけび、ボケ、あかめもち、ザクロ、ニシキギ、さんしょう、きささげ、ヒマラヤスギ、いわひば、ゆうかりじゅ、マンリョウ・・・興味のない人には聞いたこともないような立派な木々が、実に美しい庭の景観をつくっている。
 さて住宅の建設年代は、家蔵文書に宝暦3(1753)年居宅を普請したとの記事があり、手法からしてもこの時のものと思われる。
 母屋(約70坪――231.4平方メートル)は茅葺き、寄棟造りで格式の高い豪快な造りとなっている。茅葺きの表門とともに、往時の遺構をとどめ、関東地方における代官屋敷としての規模をよく保存している。茅の厚さは50センチメートルといわれ、夏涼しく、冬温かいが、なにしろ手入れ・保存に相当な手間と経費がかかるようだ。
 母家と表門は昭和53(1978)年1月に国の重要文化財に指定されており、屋敷内収蔵の古文書類1500点余は昭和27年11月都重宝に指定されている。史跡指定面積は6267.83平方メートル。
 代官屋敷の前の道は、通称"世田谷ボロ市通り"。ボロ市は、400年以上続く世田谷の伝統行事で、区の無形文化財にも指定されている。例年、12月15・16日と1月15・16日の年2回、市が催され、たくさんの出店と買物客で賑わう。
 「世田谷代官屋敷」「区立郷土資料館」の入場は無料。午前9時~午後5時開館。月曜・祝日(月曜が祝日の場合はその翌日も)・年末年始は休館。東急・世田谷線「上町」下車、徒歩5分。上町へは、渋谷からバスも出ている。

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▲庭先
   
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▲内部
(土間・天井には立派な梁が架かる)
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▲主屋と倉(右)
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▲白州跡
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▲内部
(応接セットと飾りが置かれている)
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▲内部より庭を臨む
 

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